トゥーティエム新都市開発の闇

安倍首相も真っ青になるような「公文書の紛失」問題がベトナム各紙の一面を連日飾り、社会の憤激を買っている。不当に強制退去させられたと住民が抗議しているトゥーティエム新都市(ホーチミン市2区)開発について、土地収用の正当性を裏付けるはずのマスタープランが消えてしまったのだ。
市中心部1区からサイゴン川をはさんで対岸にあるトゥーティエム半島は、1996年6月に首相決定により新都市区として開発されることになった。その際に策定された縮尺5000分の1のマスタープランによれば、新都市区の面積は930ヘクタールで土地収用される住民の再定住用地として160ヘクタールも含まれていた。
しかし市人民委員会が後に策定した縮尺2000分の1の詳細なゾーニングプランでは、新都市区の面積は拡張し、再定住用地160ヘクタールは将来の新都市内に分散した。再定住用地を新都市に隣接する一カ所に指定していた1996年のマスタープランと矛盾する。
さらに市人民委員会は2005年、縮尺5000分の1のゾーニングプラン変更を決めた。市によれば、1996年の首相決定によるマスタープランは同変更で書き換えられたことになるが、「市が中央政府の方針を覆すことは権限の範疇を超えている」と専門家らは異議を唱える。さらに2005年の市人民委員会の決定は、再定住用地について言及していない。

「正当性なき立ち退き?」

立ち退きを迫られた住民らは、「1996年当初のマスタープランでは移転の必要はなかった」と主張して当時のマスタープラン開示を繰り返し求めてきたが、市は開示に応じてこなかった。
事態が急展開したのは5月2日だ。市幹部が報道陣に対して「当初のマスタープランは紛失し、関係部局は長年にわたり見つけられていない」と衝撃の発表をした。当局の言葉を信じれば、土地収用の違法性を裏付ける証拠がないことになるが、住人の一人が「マスタープランのコピーを持っている」とすぐさま反論した。
追い打ちをかけるように1996~2001年にホーチミン市人民委員長を務めたボー・ベト・タイン氏が5月9日、オリジナルのマスタープラン13部を保有していると明らかにした。タイン元委員長は、マスタープランが変更され再定住用地160ヘクタールが散り散りになったことに「悲しいし、首相の許可を取るべきだった」と後任者たちの対応を暗に批判した。9日に行われた住民らとホーチミン市選出の国会議員団との会合は、住民ら50人が「自分たちはトゥーティエム新都市区の計画用地外に住んでいたはずで、不当に土地を収用された」と怒りの告発を行った。

開発側は安い立退料で巨額の利益

当初の開発対象地区内に住んでいた住民の間でも、安い立退料に不満がたまっている。ある住民は1平米当たり1800万ドン(9万円)で立ち退いたが、跡地に建設された高級住宅Salaは20倍近い同3億5000万ドンで売られていると訴える。報道からは、政府と結託して安く住民を追い出し、暴利をむさぼる不動産開発業者の姿がちらつく。
ベトナム政府公認メディアは名指しはしていないが、欧米メディアやSNS上では、一連の不当な土地収用の背後に、ホーチミン市の人民委員長や共産党党書記を2016年まで10年以上にわたり歴任したレー・タイン・ハイ氏の意向があると指摘されている。ハイ氏はタイン氏の後任としてホーチミン市人民委員長に就き、党中央の最高指導部である政治局にも上り詰めた実力者だ。
トゥーティエム開発における不正は以前にも指摘されていが、ようやくクローズアップされたのはハイ氏が2016年に市党書記を退任したことに加え、グエン・フー・チョン党書記長が反腐敗運動を推し進めているからだ。これまでペトロベトナムやダナン市などを舞台にした不正が相次ぎ追及されてきたが、次のターゲットはホーチミン市とみられている。
ベトナムにおける政争の常道にのっとり、ハイ元書記に対する攻勢も搦め手から始まっている。3月に弟のサイゴン農業(SAGRI)のレー・タン・フン社長が会計上の不正で、4月に息子のレー・チュオン・ハイ・ヒエウ同市12区人民委員長が隠し子がいたとして党から規律処分を受けた。
さらにハイ元書記の側近だったタット・タイン・カン同市党副書記も、2017年に市郊外ニャーベー郡の土地を民間デベロッパークオッククオン・ザーライに不当に払い下げる契約を承認した責任が問われている。カン副書記が失脚すれば、市の現指導部におけるハイ元書記派が弱体化し、元書記にも捜査の手が伸びるとの観測が出ている。