対ドイツ関係悪化、EUとのFTAに影響も

ペトロベトナム建設の元会長、チン・スアン・タイン氏の拉致疑惑を巡り、ドイツとベトナムの外交関係が悪化している。既にベトナム情報機関から派遣されている在独ベトナム大使館アタッシェに国外退去処分を下したが、ドイツのガブリエル外務大臣は、「さらなる措置を取る権利を保留している」としており、ベトナムに対するODAの縮小や、来年に予定されているEU―ベトナムFTA(EVFTA)発効が棚上げされる可能性も指摘され始めた。
ペトロベトナム建設での巨額損失の責任を問われて指名手配されていたタイン氏は、逃亡先のドイツで亡命手続きだった7月23日、ベルリンのシェラトンホテル付近で拉致され、ベトナムに連れ戻されたとされる。自国内での拉致という主権侵害と国際法違反行為にドイツはタイン氏の返還要求とともに、大使館アタッシェの追放に踏み切った。だがガブリエル外務大臣は8月7日付のドイツ紙のインタビューで、「ベトナム側からの正式な反応はまだない」とした上で、さらなる措置を取る可能性を示唆している。ガブリエル大臣は具体的な説明は避けたものの、「何事もなかったかのように元通りに戻ることはない」と断言した。
ドイツ政府が取りうる措置として、欧米メディアの間では対ベトナムODA縮小、さらにEVFTA発効停止が取りざたされている。ドイツによる対ベトナムの経済協力規模は2017~2018年で1億6,145万ユーロ(約208億円)。2015年に1,788億円の円借款供与を約束している最大の支援国の日本に比べれば小さいが少額ではない。ドイツ復興金融公庫(KfW)はホーチミン市メトロの2号線や5号線計画にも支援することになっている。仮にドイツによる資金供与が見直されれば、渋滞が深刻化するホーチミン市の都市開発の遅れも避けられない。
さらにEVFTAでは、EU側は7年かけて関税を段階的に撤廃し、繊維・衣料および履物の対EU輸出が自由化される。ベトナムのGDPを15%押し上げるとの試算もある。自由貿易で成長を加速したいベトナムにとっては、EVFTAの発行手続きが停滞すれば、道筋が立たなくなったTPPに続く痛手となる。
タイン氏はベトナム共産党のグエン・フー・チョン書記長率いる指導部にとって、反汚職運動のターゲットとして象徴的存在であるだけでなく、グエン・タン・ズン前首相らの勢力を追い詰める上での切り札だ。ただドイツとの関係悪化は、経済に影響を及ぼすだけでなく、南シナ海での法の支配確立を訴えてきたベトナムの主張の正当性も弱めかねない。指導部がドイツの求めに簡単に応じるとは考えにくいが、国際的立場を悪化させないような手立てを考えなければいけない状況に追い込まれている。拉致疑惑の行く末は、南シナ海の領有権をめぐる外交戦で共闘する日本にとっても対岸の火事では済まされない。