TXT・トランプ・南シナ海

ベトナムウオッチャーのネット空間は今週、「TXT」の帰国で持ちきりだった。ペトロベトナム建設の元会長、チン・スアン・タイン(Trinh Xuan Thanh)氏のことだ。
ペトロベトナム建設の1億5,000万ドルの損失の責任を問われて海外逃亡していたタイン氏が自ら出頭したとベトナム公安省が発表したのは7月31日。ところがドイツ外務省は8月2日、タイン氏が亡命を求めて滞在していたドイツ国内でベトナムの情報機関と大使館により拉致されたと公表。タイン氏の身柄をドイツに戻すとともに、ベトナム情報機関から派遣されている大使館アタッシェに国外退去を要求した。
◆「冷戦映画さながら」
ベトナム政府も黙っていない。外務省報道官が3日、ドイツの声明を「遺憾」と表明する。さらに同日夜、ベトナム国営テレビVTVのニュースは、タイン氏が「帰国して真実と向き合い、罪を認め、謝罪しなければならないと認識した」と自らの意志で帰国を決めたとやつれた表情で告白する映像を放映した。だがドイツのガブリエル外務大臣は4日の記者会見で、「冷戦をテーマにしたスリラー映画のシーンさながらの手法でタイン氏は連れ出された」と批判し、さらなる措置をちらつかせた。タイン氏帰国の真相を巡るさや当ては当分収まりそうにない。
◆外交より内政を重視
一連の騒動をロシアの戦略研究センターのアントン・ツベルフ氏は、「ベトナムは国内での権力維持を欧州との関係よりも重視したとみられる」(4日付The Diplomat)と解説した。英BBCなどによれば、ベトナムは7月、中国が領有権を主張する南シナ海沖でのガス田の掘削作業を、中国の圧力で中止した。さらにグエン・フー・チョン共産党書記長の後継者候補で党の事実上のナンバー2、ディン・テー・フイン書記局常務が病気で休養に入った。南シナ海問題での譲歩とチョン書記長の後継者レースの流動化を前に、「指導部は即効的かつ大きな勝利を求めていた」ことが、タイン氏の強引な帰国劇につながったとの分析だ。
掘削中止の裏に、トランプ政権の定まらない東南アジア政策がある。最高指導部の政治局の議論では、「中国との対立してもトランプ政権の支援を当てにできない」(7月31日付Foreign Policy)との主張が通った。仮にクリントン氏が大統領に就任していたとしても、同盟関係のないベトナムにどこまで肩入れしたか疑問もあるが、南シナ海へのコミットに対する米国の信頼は揺らいでいる。
時あたかもマニラで開催されているASEAN外相会議は、中国と策定を進める南シナ海の「行動規範」枠組みとして、ベトナムが主張していた法的拘束力を盛り込まなかった。南シナ海問題で対中強硬派だったフィリピンは昨年のドゥテルテ大統領の就任以降、中国との協調路線に舵を切った。対中連携での大切な仲間を失ったベトナムは、今年に入って成立したトランプ政権を引き込むことにも自信を持てず、内政にまで波紋が広がっている。